この不思議でモダンな形のピッチャーは、イタリア生まれの果汁水差しを、倉敷民芸館の館長だった故・外村吉之助氏がその著書『少年民藝館』で紹介した事をきっかけに、沖縄の奥原硝子製造所の工場長であった故・桃原正男氏により復元されたのが「ペリカンピッチャー」なのです。
熟練の4名の工人達のチームワークがなければ製作するのは不可能といわれるほど、熟練の技が必要なピッチャーはまさに芸術品。
今、現在工場長の上里幸春氏により、その技術は受け継がれている「ペリカンピッチャー」は特に人気の商品です。
写真で紹介しているものは、深みのある紫のグラデーションが印象的。 小さなピッチャーの商品になります。

